ピース・ボートで地球一周の旅&それからの話

06年7月22日から10月30日まで、 ふと見かけたポスターに誘われ 100日間の船旅に出た、その航海日誌です。 そして帰国の後の話しです。。

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ジャマイカ

  1. 2006/09/27(水) 00:57:45_
  2. 旅行
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9月23日
波は穏やかで、べた凪?大西洋横断もあと残すところ1日。
船の操縦室への見学会に参加。
古い船で蒸気船?この手の船はもうそんなにないらしい。
イギリスで大西洋を横断するため造られた。との話。ある舵もいまや飾り?で
もっぱらコンピューター化されている。そりゃま、そうでしょ。
 私の日常はさして変化なく、朝太極拳とダンス昼食後はもっぱらマージャンですわ。
あのマージャン室は暑くてねしかも人がいっぱい。暇つぶしに丁度いいもんだから。
ところが、今日は一人の人がやたら香水がきつくて。化粧もしない私にとってありゃ拷問に近かった。。。
9月24日
運動会が終われば、今度は当然文化祭。
これまた、役者が勢ぞろい。
しかもダンスにしても、お茶会にしても衣装を持ってきている。
なんたって、お振袖の人もいたくらい。熟年は付け下げから訪問着。
男性だって紋付羽織袴持参だよ。
ドレスもフォーマル用からダンス用まで聞いた話じゃトランク7個もだって!
すごいですね~
9月25日
ジャマイカ着
フリーを決めていたところ、Bさんに「危ない!今までフリーにしてる人がここは危険だからってツアーに申し込んだくらいだよ。なにかあってからじゃ遅いんだからね」
と重々言われ(はいありがとう気つけるわね)
レセプションで問い合わせたところ、次が今回のクルーズ中一番危ない(コロンビア)です。ジャマイカは安全とはいえないが、基本(夜遅くとか、一人で歩かない。すりかっぱらい、置き引き等に注意)を守ってください。
それならとおばさん2人とおじちゃん1人でやっぱりフリー。
別に見るべきとこといって・・ない。
ダウンタウンへタクシーを乗り合わせてクラフトマーケットへ。
写真はクラフトマーケットで物色する。Oちゃん。
特に欲しいもんもないし、さぁビールでも飲みに行こうよ。と自由はいつだってこれだ。
名物はジャークチキン(名前にちょっと自信なし)〆はブルーマウンティンコーヒーだ。
いよ~お疲れ。こればっか。 (^^ゞ
CIMG0908.jpg

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日蝕

  1. 2006/09/22(金) 22:33:07_
  2. 旅行
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9月20日
30日を過ぎて飽いた、60日を過ぎて面倒くさくなった。
N氏にも言ったけど大体この船の半分くらい気にいらん人がいるわ。。って。
なにが?ってまぁ肌があわんのやな。
早く日本に帰りたいかっというと別にそれは思わないけどね。
この旅のメインイヴェント。ガラパゴス・クルーズが残っている。
これもなんだかそれほど興味が無くなってきてしもたよ。
9月22日
マージャン大会最終日
ドンびりから本日トップがとれて、8位まで浮上した。
Hちゃんは4位へと。そんなわけで二人してお疲れビール。
それにしても、テンポが悪い、のりが悪い。。。
私の真逆の奥様・・だ。Hちゃんは若い女性にイラついてたけど、今日は早くなってたやんか、それよか、あの奥様。ま、ええか。
9月23日
部分日蝕。日の出とともに日蝕が始まった。
日の出時刻6時51分。
例の煩いマージャンティチャーが「私の教師生活00年で日の出日蝕は初めての経験です。」
とうとうと相変わらず御託を並べてた。
ああいう人を相手する人がやっぱりいるもんなんやな~。考えられないよ。
写真はその部分日蝕。右側が欠けているのがお分かりでしょうか?
CIMG0899.jpg


洋上運動会

  1. 2006/09/20(水) 22:26:51_
  2. 旅行
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9月19日
世界一周をした人間は累計でおよそ5万人。うち日本人はなんと3万5千人らしい。
大雑把な計算で世界人口を60億万人とすると、12万人に1人しか世界一周旅行をしてないということになる。
その「12万人に1人」が集まって暑い日差しの中、大西洋を横断中で中南米へ向かっているせいか秋か?などと思ったのが嘘みたいにジリジリ照り付ける!
その真っ只中の洋上大運動会よ。
一言で言うと、「暑い!」
だけど実際のとこ芸達者はいるもんで、狭いデッキをアイデアと工夫で若者も年配者もえっらい盛り上がりよう。はぁ~感心しましたわ。
大阪は(もっとも日本を人数合わせのため5区分したので大阪だけでないけど)青チーム。
居酒屋(洋上の)波へい無料貸切を賭けて狭いデッキで奮闘した結果、見事優勝!となり
午後8時半より飲み放題!
で、私は暑い暑いを連呼してやったことは、玉いれとシニアは後ろで数合わせ、の応援。
それと、写真中央の青い団旗の似顔絵を描いた。
こんなもんでどうでっしゃろ?
その打ち上げ無料飲み放題に参加したところ。なんと、ご近所の人がいた!
しかも息子同士が同級生で彼の亡くなった奥さんと私は懇意にしていたのだ。
彼女が亡くなってもう10年あまり、ご亭主の顔は・・忘れてた。
旅も後半でまさかこんなとこで、出会うとは。
いやはや12万人に1人も結構多い?
CIMG0887.jpg


マージャン大会

  1. 2006/09/18(月) 22:09:10_
  2. 旅行
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  4. _ comment:3
9月16日
ラスパルマスを出て、大西洋へ繰り出した。ジャマイカに到着するのが9日後。
地中海の穏やかな波でなく、やっぱり大西洋は揺れだした。 
部屋の扉もギィ~~。
あれほど暑い!とわめいていたマージャン室もすっかり涼しくなって秋は深まっているのかね?
寄港地明けは企画も半分やすみ。揺れと相まって本日部屋で読書。
9月17日
マージャン大会初日。
はい、ぼろ負けです。(泣)
配牌もツモも悪くなく、ホンイツだの三色だの完成させて、リーチかけたら
それがロン当りされたり、つきが悪かった。それにもまして
拙かったのは、見逃しのチョンボ。これは私の完全ミスで文句の言いようがない。
後ろで見ていたヴェテランがなんだかんだと嫌味?をいうので
頭にきたわ。「ビギナー同士がやってるんだから黙ってくれる」
でもあの手の親父はへとも思ってないやろ。
気にいらね~な。(これってやつあたり)
後で「こうきるべきではないか?」とのアドヴァイスなら、受け付けるが、
勝負が終わった後わざわざ見せて「こういう状態でリーチかけるなんて、みんなどうはよ?信じられない、すごい名人だね」とあの時は若いM君を魚にしたな。
煩いんだよ!(そうだ!、あの時怒っとけばよかったんだ。ごめんなM君)
おっちゃんへの不信感一杯になってきた。
でも考えりゃ、私自身に甘えがあったのかも。。な。女だから許される?みたいな。
朝、大西洋へウイスキーを撒く。まこれは夫への供養だな。
彼は大西洋だけ飛んでないもんね。
9月18日
マージャン大会2日目
はい。今回も負けでした。
一人、若い女性が開始時刻に遅れてくるわ、一人だけおっそろしく捨牌は遅いわ、チョンボをするわ、そのくせ、ついてたんやろな~人の振込みで上がる。
最初のチョンボを私の指摘で取り消し、そのとき向かいのHちゃんが彼女いわく
めちゃええ手だったのに、以来ツキが逃げた。
と、いつも明るいのにぶ~たれられて。結局Hちゃんが大負け私はその次
「Nちゃん(私のこと)腹立つからビール飲みに行こう!」バーで大笑いして
なんとか納得?かな。

カナリア諸島

  1. 2006/09/16(土) 16:30:31_
  2. 旅行
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9月15日
ラスパルマス到着。
ラスパルマスってもわからんと思う。北アフリカにある、スペイン領の飛び地。
だから、アフリカといっても、見かける人はヨーロッパ系だし、街並みもヨーロッパ風。
通貨はユーロ。カナリア諸島にある。鳥のカナリアの原産地?
もうひとつ言うと、このラスパルマスの反対側にあるテルデ市は街の中心地の広場を
「ヒロシマ・ナガサキ広場」と名づけ日本国憲法9条の碑を建立してある。
海岸沿いを歩くこと1時間以上。着いたとこは、コロンブスが新大陸に到着する前、住んでいた家だった。(それも知らず地図を見てひたすら歩いたのだ)
さ~写真を写そう。とバックをあけると。ありゃ~~忘れてきていた・・(泣き)
ま、しょうがないね。
そのせい?珍しく絵葉書なんぞ買いまして、こんなとこだよ~と娘宛にだした。
(他の人は細かい住所を知らんから・・・)
また、ぼとぼと歩いて、途中カフェで一服二服ビールと軽いサンドをつまみ帰船。
風呂に入って洗濯もし、よっしゃ、又出動ですわ。
今度は一人で。途中出会った同船人が「まっすぐ行くときれいなビーチがあるよ~」と言われ。はいは~~い。ビーチ沿いのカフェでまたビールと魚のソテーを食べ(これが夕食じゃ)ネットをし、カフェでカプチーノを飲んで、
ついでに、ショッピング・センターで思わず、ブーツを買ってしまった。。。
50ユーロだから安いと思って。
写真はビーチ。途中であったおじさんが「ヌードで泳いでいたから見てた!」とこではなかったが、トップレスの若い女性はいたね。
ここはヨーロッパのリゾート地でした。
CIMG0885.jpg


モロッコ

  1. 2006/09/14(木) 18:43:15_
  2. 旅行
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9月12,13日
モロッコ 1泊2日
モロッコはカサブランカにしようか、マラケシュかはたまた、フェズが
大いに悩んだけど、古都迷宮都市フェズへ決定。
結果感想は「すごいとこです」
ガイド並びに添乗員は口がすっぱくなるほど「はぐれないでください。迷うとガイドでも探せません。もし迷うと動かないで!」確かに・・・
24人ほどに3人のスタッフが付きまさに迷路を歩く。
道幅は狭く、人一人がやっと通れるようなのから、真っ暗、ちょっと路が広いか?と思えばロバに馬、手押し車が通るし、地元人は歩くし、我々みたいな観光客も並んで歩くし
しかもその路の端は馬糞になにやわからんものが流れたり落ちていたり・・
鼻の穴にミントでも突っ込むな耐えられぬ臭いが充満している。
ガイドを見失わないよう、下の汚物を踏まぬよう、ラバに蹴飛ばされないよう更に
可愛い顔した4,5歳の女の子がついてきているかと思えばかばんに手を入れかけたりするので、荷物に注意を払いつつと、忙しい、スリル溢れる旅でした。
何度も行きたいとは思わないけど、1度は覗きたい場所であることは事実。
ま、これもお好み?か
写真はそのメジナの中の肉屋。掲げるのはらくだの首。ちょっとスプラッタかしら?

CIMG0875.jpg

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イルカ

  1. 2006/09/11(月) 18:46:55_
  2. 旅行
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9月10日
スペインが過ぎて丁度半分終了。今日から後半に入る。
早かったのか?ゆっくりだったのか?
いまいちわからん
日差しがこころなしか柔らかい。ゆっくりと夏から秋へ移行しているのだろうか?
海の真ん中で時間も季節もやっぱりいまいち実感がない。
9月11日
時差1時間遅れ。
船の時差は時々1時間遅れがあったり、たまに1時間進めるちゅうんもあった。
ただ今は日本より7時間遅い。どんどん貯まり日付変更線をこえて1日失うのかな。
この航海で初めてイルカを見た。
朝太極拳も終わりモーニングコーヒーを話ながら飲んでいると、ちょっとざわめきが・
船後方のあれは確かにイルカ。数十頭はいた。少し遠いので皆して「サーヴィス悪いな~」って。航海半分を過ぎてやっと見ることができた。
本日午後3時か4時か?ジブラルタル海峡を越える。それからは大西洋だ。
イルカの出現は一説に「海峡の交通整理」なんていう人も。
 食事の量が私は少ない。いつも私を見かけるとMさんは「Tちゃん、ちゃんと食べてる?」
と心配してくれる。ありがとう柳に雪折れなしだよ。

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スペイン

  1. 2006/09/10(日) 17:34:43_
  2. 旅行
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9月8日
日々好日・・?
ダンスパートナー?の0氏が自作したプリントをくれた。これが何かというと
ダンスの基本ステップを箇条書きにしたもの。
彼は理屈から入るタイプ。
「この通りにすれば大丈夫です。できるかどうか?はまた別門題ですね~」とお互い笑って。
そのダンス練習場でガラパゴス行きがなんと噂のNさんが一緒になったと。困った顔で相談された。できれば私と同室になりたいと。いう
彼女と私は同じガラパゴスでもランクが違う。
そんなら、空きがあれば私がランクあげましょうか?もしくはあなたがランク落とすか?
とりあえず聞いてみましょう。
しかし、残念ながら、空きはなくおそらくNさんは1番下のランクじゃないですか?
と慰めておいた。
Nさんの噂は(私は実害ないんだけど、いろんなとこで聞き、それに確かにその噂が事実であることを私自身が理解した)よわったね~どうも
9月9日
スペイン上陸。
食事がおいしかった。これは皆言っていた。イタリーよりもどこよりも旨かったと。
概ねツアーで連れて行かれるとこなんぞ、たいしたことない食事ばっかり。しかし。
ここは旨かった。珍しい。
ガウディの作品群を訪れ、ありゃ~聞きしに勝る奇妙な建築物だ。
あのお家達は果たして、住みいいんだろか?
分譲住宅として売り出されたものは結局のとこ本人と依頼したオーナーのみの購入だったとか・・さもありなん。
バルセロナは小さな街なもんで、高いジャパングレースのオプショナルツアーで巡っても半日強で終了。
またその場で作ったメンバー3人で散策としゃれ込んだ。。
ぶらぶら歩き途中でお茶。ショッピング夕食にビールと軽いものを頂いて帰船。
その夕食の注文だが。これが英語が通じん。ウエイトレスにウエイターはチャイナ?
メニューの知っている単語でなんとかクリアー。
先日の夕食時いかなチップといえども後で気づいた払いすぎ!によくよく注意して。
金がドル、ユーロ、各国の通貨と目まぐるしく変わるから、(それでのうても、頭の回らぬ私としては、金銭感覚が??)わけがわからん。言い訳だけど。
写真はモンジュックの丘から見た地中海。
左真ん中あたりに我らのシップ。トパーズが停泊している。
CIMG0854.jpg


イタリア

  1. 2006/09/08(金) 17:32:55_
  2. 旅行
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  4. _ comment:3
9月6日
イタリアに着く
船で着いたとこはチベタベッキア。誰も知らん。。。
その昔、仙台藩の伊達政宗が支倉常長をローマに送った時着いた港だと。
しかし、見るべきものもその足跡もない。(銅像がある。。か?しかし説明も何もないでわからん)
自由行動でええとこがあったなら、スケッチでもと思い、リュックにスケッチ一式を担いで外に出たものの、重いだけ。
一人でと思っていたら、若いMちゃんとさらにおじさんとの3人で
「何もないな~~」といいつつバールでお茶してジェラードを食べて(これ全部おじさん持ちだった。ご馳走様、う~ん若い娘と一緒だったからか・・・)港側でネットをして
さ~これが、ほとんどキーボードの字が消えかけているし、チルダがでまへ~~ん。
でメールは不可だった。本日終了。
9月7日
イタリア2日目。本日の訪問先はティボリ。イタリアと言えばローマを筆頭に数々の観光名所があるにも関らず、かなりマニアック?な場所へ。
ローマの西北か?この地はエステ家のヴィラ及びヴィラアドリアーナ。(遺跡、世界文化遺産とか)がある。
上天気の中、ぽとぽと歩いてやっぱり疲れますわ。
昼食のレストランはアウトサイドでクーラーなし。食事のパスタは多い。はい
ほとんど残してしまった。ビールをと思ったけど、トイレを考えるとつい二の足を踏むでね。だから帰船の途中で降りて、昨日と似たような場所でピザとビールを3人でシェアし、「満足満足、美味しいね~」でイタリアは終了だ。
写真はヴィラ・エステ
CIMG0839.jpg


クロアチア 2

  1. 2006/09/05(火) 17:22:56_
  2. 旅行
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  4. _ comment:4
9月4日
ドブロブニク2日目
一度くらいはピースボートっぽいプログラムに参加してもええか
との理由だけで・・そういや~最初のヴェトナムもそうだったな~
ドブロブニク自体ちいさな街で1日もあればあの城壁都市は満喫できるし。
それで今日は、「デシャ」と名づけられた女性自立支援のNGOの見学と
そこでサポートを受けている女性宅へおじゃましてランチを頂く。というもの
写真はその「デシャ」前(デシャとは古いクロアチアの女性の名前)
おじゃました家は英語が不得手なおかあさん一人。でも大学に通う娘が我々のために休んで「今日はウエイター」といっていろいろ料理を出してくれた。
どうもありがとう。
ま、これはいいんだけどね。
一緒に行ったメンバーが。(これはその場で決められのもの)私はとKちゃんとは心好くしているけど6人中2人がね。中くらいのくささ。。
我々は無論クロアチア語なんてしゃべれるわけがない。
英語となるんだけど、最初に「どなたか英語しゃべれる方は?」と聞いたのに
みんな黙~てて、しょうがないから下手な英語でコミュニケーションとっていたら。人が話していると反論して英語でしゃべりだす。
おいおい、そんならはなから言えよ!
帰りのバスKちゃんと二人して「気に入らんのはピースボート半分くらいいるね」
お互い言い合って笑って帰りましたとさ。
9月5日
そろそろ後半に入る。
皆が集まるといかにここのオプションツアーが高いか!と言う話になる。
そのせいか?ツアーデスク前には朝からキャンセルのため並んでいる。
私はキャンセルするべきものはキャンセルしてしまったったけど。
大物。「ガラパゴスクルーズ」が残っている。
これは高い!1番下のクラスで548000円だもん!
「清水の舞台から2,3回飛び降りたよ」というと「1回降りて骨折してないんだからまだ大丈夫だよ」なんてへんな慰めかたされた。

CIMG0827.jpg


クロアチア

  1. 2006/09/03(日) 22:01:46_
  2. 旅行
  3. _ tb:0
  4. _ comment:2
9月3日
アドリア海の真珠と歌われるドブロブニクに着いた。この地は世界屈指の美港だそうだ。
確かに美しい。もっとも美港と呼ばれるとこは概ね軍港として優れている。ということやろう。と思う。
そしてこの美しいドブロブニクも又戦火にまみれた。
今は世界中からのボランティアを得てかなり修復されている。だから
本日日曜というだけではなく、城壁都市は観光客であふれんばかり。
言葉は英語だけでない。わからん・・・ 
ぐるっと囲んだ城壁に上がるのに料金が、というのでそいつはパス。
代わりにタクシーで丘に登る。旧市街で散策していたら、ピースボートの住人に出会ったので「一緒に丘に登ろうよ」と誘った。いやなに二人より三人のほうが割り勘で安くつく
と考えただけ。が!奴は拒否したのだ。ばかめ
しょうがないから、二人で登った。ほら見ろ。すごい景色じゃないか!
丘の上に登ればアドリア海と旧市街(城壁都市)が眼下に広がりそれはすばらしい。(写真)
旧市街地に戻りレストランでビールと海老のソテーで昼食。なかなか美味でした。
帰りは今度はきっちり帰船人を捕まえて3人で割り勘にて船に到着。
追加
この地はあの宮崎駿氏の作品「くれないの豚」「魔女の宅急便」の舞台となったとこ
CIMG0821.jpg


ギリシャ

  1. 2006/09/02(土) 16:46:16_
  2. 旅行
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  4. _ comment:1
9月1日
ギリシャ到着。寒い・・ま、涼しいが妥当な表現だろうけど。
一昨日の暑さに比べ急に涼しくなった。
本日はおじさん2名とおばさん2名での自由散策?
とりあえず、パルテノン神殿へ。タクシーで20ユーロ。
観光名所だから、人だかり。例の如く我がピースボートのオプションツアーも居る。
こちらは勝手気ままに動きます。
連れてきた?乗ったタクシードライバーはやたら、「案内する。40ユーロだ。アクアポリスは丘の上で暑い。快適ではない」と薦めるが。ノーサンキュウですわ。
4人もおりゃ~こわいものなし?
写真はパルテノン神殿
この入場料が高い!12ユーロだって!修復中が多くて、鉄囲いは興ざめだな~
後はぶらぶら、近くのカフェでエスプレッソみたいなカップの底にコーヒーかす?が沈殿しているのと、およそギリシャと無関係なサンドイッチを食べて昼食終了だ。
本日帰船リミットは18時。帰りは電車にしよう。ということとなった。
駅に着いたものの。さ~切符の値段が?チケット売り場で聞いてみると
「00017」この最初の00が判らぬが17だけ聞こえる。
おじさんがきいても「17だって」「え~~17ユーロは高すぎるやろ?」案内を見、自販機は0.7ユーロと思えるが・・
ま、とりあえず0.7ユーロで4人分買って乗った。
乗り合わせた若い女性に「この切符は正しいか?」みたいなことを聞くと
彼女もまた「17」の答え。後の細かい話は・わからん。。。
「ま、ええやろ。足りんかったら下車時に払おう」で下車。
が、降り口に人はいない・・
もしかして、払い過ぎか?
判らぬまま船に帰ってきた。


CIMG0805.jpg



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